『お菓子よりも甘く』

「いた!?」
「いや、こっちには極限いなかったぞ!」
「そっちはどうだ!?」
「こっちもだめです。もう校内にいないのではありませんか?」
「一体、どこ行っちまったんだ」
「獄寺ー――!!」
「タコヘッドー――ッ!!」
「隼人くー――ん!!」



なんだよ。
なんでだよ。
なんで、こんなことになっちまったんだ?












数週間前から準備にとりかかっていた学校行事。まあ、行事と言っても遊びみたいなもんで。
そもそも、ハロウィンなんて西洋の民族行事がこの日本に関係あるのかも謎だし、ましてや並中でイベントとして取り上げられてるってのも不思議な話。
でも、やたらみんな乗り気で。学園祭みたいなノリでパーティーは始まった。
所謂、仮装パーティー。なんたってハロウィンだからな。俺達はそれぞれ衣装に着替えて、お菓子を用意してたんだ。



「なんか俺、どう見ても猫…。この耳なんかさ…」
「そ、そんなことないですよ10代目!たしかに可愛らしい気はしますが…。ああっ、でも尻尾はちゃんと狼に見えますから!」
「獄寺くん…それフォローなのか分からないよ…」
「すいません!」



狼男に変装していた10代目は、猫に見えるご自分の姿を気にしておられた。が、どんな格好だろうと、さすがは10代目。とてもよく似合っておいでだった。
だけど、いくらイベントとは言えコスプレまがいのことをさせられ、嫌がらせやいたずらの被害に遭われないかと右腕としてはかなり心配だった。
ハロウィンと言えばお菓子は必須アイテム。お菓子がなけりゃ、いたずらされる。今日はそういう日だ。
俺は10代目の危険を防ぐために、持っているお菓子を全部差し上げた。
万一お菓子を切らした時、お優しい10代目は特別な日だからと、どんないたずらでも甘んじて受け入れるだろう。それを少しでも減らすために、多く持っているに越したことはない。
俺なら持ってなくても適当に対処することも回避することもできる。
そうして俺達は立食パーティーの会場になっている体育館へ向かって。笹川、黒川らと話をする10代目のお側に暫く付いていた。
食事を楽しまれている10代目に、息抜きしてくると言って俺は会場を抜けだしたんだ。
廊下を歩いてたら、どこかで見た金髪の男がいて。
まさかあいつなわけないよな、と思って目を凝らしてみたけど、にこやかに手を振るのはやっぱり跳ね馬で。



「スモーキン!Trick or Treat?」
「はあ?」
「だから、Trick or Treat。お菓子持ってないのか?」
「……ねぇ」
「じゃあ、いたずらしねぇとな」
「え。ぎゃあー――!!」
「あー――っっ!!ディーノさん、ずるいっすよ!獄寺、俺もっ」
「―――っざけんな!!」
「あ、逃げるなよ獄寺ぁ!」










―――…そうだ。跳ね馬に会ったのが始まりだ。
どこから現れたのか山本も出て来て。また同じ質問されんのかと即刻逃げ出した。
屋上で煙草吸うつもりだったのに、追いかけてくるもんだから行けなくなって。
校内をぐるぐる回って、いいかげん撒いただろうと体育館に戻る途中で冒頭のあれだ。
芝生まで巻き込んで何やってんだ、あの野球バカ。
それに、骸まで。なんであいつがこんなとこにいるんだ!?
鬼ごっこじゃねぇんだぞ。訳分かんねぇよ、もう。
とにかく、見つかるわけにはいかないよな。いい逃げ場所はないもんか。つーか、あいつら全員果たすか?
だめだ。校内で暴れたり、校舎を破壊しようものなら、あいつが、…あ。その手があった。
あそこなら誰も寄りつかない。格好の隠れ場。
あの調子じゃ、捕まったら何されるか分かったものじゃないし、向かう先にいる人物に、ちょっとだけ、会いたいかな、とも思う。












善は急げと俺が向かったのは応接室。
どうにかこうにか誰にも見つからずに辿り着けた。



「雲雀、いるか?」
「…隼人?開いてるよ」



部屋に入ると、雲雀は机に向かって一生懸命手を動かしていた。
こちらには目もくれず、ひたすらペンを走らせる恋人は、前々から予想していたとおり制服姿のままで。思わず苦笑を洩らしてしまった。
邪魔にならないように少しだけソファーを借りよう。
足を踏み出すと同時に、ふと雲雀は手を止めて顔を上げた。どうやら笑い声が聞こえたらしい。
俺を見て、驚いたように言葉を失って。それから。



「……どうしたの、それ」
「雲雀、Trick or Treat」
「…何?」



ああやっぱり。たとえ学校行事であったとしても、雲雀のことだからハロウィンなんて興味ないだろうと思ってた。



「今日はハロウィンだぜ、雲雀。Trick or Treat!って言われたら、お菓子をあげないといたずらされんだぜ?」
「…ハロウィン。…ああ、そう言えば、学校の年間行事予定にそんな単語があったっけ。朝から周りも騒がしいみたいだけど」
「学校の奴らはみんなこうやって仮装して、パーティーやってる」
「ふーん。そう」



ほんとに関心なさげだな、と再び苦笑いを零しそうになって。だけど、ソファーに座る俺を足の先からてっぺんまで、品定めするみたいにジーっと見るから、少なからず俺の格好には興味があるらしい。
雲雀は数秒俺の姿を眺めると、机上に積まれた書類には手を付けず、そこから離れて俺の隣に座った。
相手をしてくれるのだろうか。俺が応接室を訪ねれば、雲雀はどんなに忙しくても無視することはない。特別甘やかされてるのが分かる。
口には出来ないけど、実はめちゃくちゃうれしい。やばい。ニヤけそう。



「隼人のそれは、ドラキュラ伯爵?」
「まあそう。こんな格好したくなかったけど、10代目がされるなら俺がやらないわけにもいかないし」
「なかなか似合ってるよ」
「…あ、りがと」



眩しそうに目を細めて言うから、すごく照れるんだけど。
でも、こいつこそ中世の騎士みたいな衣装着て剣なんて携えてたら、俺なんかよりよっぽど様になるだろうと思う。



「でも隼人は、吸血鬼よりも狼男や猫男のほうがしっくりくるかな。普段は主人に忠実な犬だけどね」
「んな!?…犬って、お前なあ…つか、猫男って何だ、猫男って!」



雲雀は意味深な微笑を見せるだけで、答えを返してはくれなかった。
着ぐるみでも着てほしかった、とか?いやそんなまさか。きっと言葉のとおりで本当は深い意味なんてないんだろう。
俺は雲雀の騎士みたいな格好、見てみたかったけど。今からでも、仮装パーティー参加してくれと言ったら、着替えてくれるだろうか。
そんな俺の思考は、伸びてきた手によって遮られた。



「シャツはだけすぎ」
「んぁ、制服じゃないんだから大目にみてくれよ」
「隼人。Trick or Treat」
「は?なんだよ、お前まで」
「お菓子、持ってるの?持ってないの?」



嘘を言う必要なんてないんだけど、何となくどう答えようか迷って。
たいした間もなかったはずなのに雲雀は刹那の沈黙も見逃しはしなかった。



「ねえ、誰かにヘンないたずらされてないだろうね?」
「別にヘンなことはされてねぇよ。あいつらはまだ未遂だし。あ、…」
「なに?」



瞬間、雲雀の漆黒の瞳がギラリと光ったような気がした。
機嫌を損ねるのは本意ではないし、ここは正直に話した方がよさそうだ。かと言って話しても不機嫌にさせないとは言い切れない。
けれど、無言の圧力が、黙っているのは利口ではないと暗に物語っている。



「や、さっき…跳ね馬に、抱きつかれた」
「…あいつ………咬み殺す」



待て待て。冗談に聞こえないから怖い。
ボタンにかけられたままの手に力が込められ、そのまま引きちぎられそうだから余計に。



「やめとけって。まあ俺もびっくりしたけど、ハロウィンだし」
「よくない。君に触れていいのは僕だけなんだから」
「あ、そう…」



そんなはっきり言われると返す言葉がない。毎度こういう台詞を言われながら慣れない俺も俺だ。恥ずかしくて顔が火照る。



「さて、と。僕はどんないたずらをしようかな」
「えっ。ちょ、待てよ。俺の方が先だろ!?」
「お菓子じゃないけど、甘いものならいいでしょ?」
「だめだ。お菓子じゃなきゃ、…んっ」



あとに続く言葉を紡ぐことはできなかった。唇を、雲雀のそれに塞がれて。



「―――…んん、う、」



口内を侵されて、舌を絡め取られる。互いの唾液が混じり合う隠微な水音が、聴覚と脳をも犯した。
いつの間にか腰に回された腕と後頭部に添えられた手で、逃げられないように身体は捕らえられ固定されて。
優しくも深い口付けは角度を変えて何度も。
絡められた舌から逃げようとすれば軽く吸い上げられて。口の端から洩れ出る吐息がやたら甘ったるくて理性が飛びそうになる。



「……ぅん、ぁ…」



全身の熱のせいか、うまく送り込めない酸素のせいか、頭の中がぼうっとしてくる。
身体の力が抜けていって離れたくとも叶わない。
ようやく解放された時には呼吸を乱しながら、ソファーの背にぐったりと倒れ込んでしまった。
自分の唇をぺろりと舐めて平然としている雲雀がなんとも憎らしい。



「…は、…お前なあっ!」
「なに?」
「なに、じゃねえ!いきなり何すんだっ」
「甘くなかった?」
「そういう問題じゃなくてっ…」



はあ。溜め息が出そうだ。雲雀は傍若無人に我が道を行く人間だから、自分が何したか分かってない。
違う。分かってても悪いことをしたと思ってないんだ。いや、それも違うか。相手は俺だから悪いことをしたわけじゃないんだけど。
時と場所と場合があって。あれ?どれもクリアしてるかも。などと間抜けなことを考えていたら、不意に頬に触れた手に、くい、と顔を雲雀のほうへ向かされた。



「…やっぱり吸血鬼はイメージじゃないかな。隼人の妖艶さを出してて綺麗ではあるけどね」
「どうせ俺は犬猫だよ」
「むくれる意味が分からないな。あれは例えだ。君は時々、耳や尻尾が生えてるみたいだからね。可愛いって言ってるんだよ」
「お前動物好きだもんな。特に小動物」
「一番好きなのは、動物よりも何よりも、隼人だよ」
「だから恥ずかしいって!可愛いとか好きとか涼しい顔で言うなよっ」
「隼人が照れ屋すぎるんだよ。…まあいいや。隼人は動物じゃないけど、似てるのは否めないな。懐いた人間にしか気を許さないし、ね?」



勝ち誇ったような得意顔で、口角を上げて綺麗に微笑む。これは絶対答えを確信してる。言い返せないのがまた悔しい。
悔しいから返事の代わりに強請ってみようか。



「なあ、雲雀は仮装しねぇの?」
「僕がそんなことするわけないでしょ」
「俺の頼みでも?」
「無理だね。いくら可愛い隼人の願いでも」
「だよな。見てみたかったんだけどな。雲雀の騎士姿」
「ワオ。僕ってそんな紳士的なイメージ?どっちかと言うと僕は、」



さっきまで俺の露わになった部分を、隠すように手繰り寄せられていたシャツの襟は、再び雲雀のしなやかな指で胸元まで開かれた。
首筋まで降りてきた雲雀の頭。ほんの少し、その顔を上げた拍子に黒髪が頬を撫でた。



「血を好むのも、白い肌に吸いつくのも、僕の方が合ってるよ」
「…て、おい。何しようとしてる?」
「いたずら。まだ、してなかったでしょ?」
「ひば、…こら!雲雀、だ……つ」



チリ、とした痛みのあとに、触れていたところから遠ざかる体温。
けれど自分の体は相反して再度熱を増す。せっかく上がっていたものが引いたと思ったのに。



「ごちそうさま」
「っばかやろ…!」



鎖骨の上に散った桜の花びら。
ボタンを留めなきゃ隠れない。なんてことするんだ。キッ、と睨んで文句の一つでも言ってやろうとしたら。



「君の肌を簡単にほかの奴に見せるわけにはいかない」



と。どこぞの生娘じゃないんだぞ。



「朝まで開襟だったのに、急にきっちり着てたら10代目が変に思うだろ!周りの奴らだって!」
「じゃあ、帰るまでずっとここにいればいいよ」
「んなわけいくか!」
「だったらこうしたら?お姫様のカッコにでも変装しなよ。そうしたら、あの草食動物に言ってあげる」
「なんて?」
「隼人は騎士に攫われた、ってね」
「馬鹿も休み休み言え」



大体お前、吸血鬼じゃなかったのか。
呆れたようにそう言えば、隼人の前でなら僕は死神にでも魔法使いにでもなってあげるよ、と見惚れるような笑顔で雲雀が言った。
女の格好なんて冗談じゃないけれど。何があろうとそんなもの着ないけれど。
二人きりのハロウィンも悪くない。
俺の分のいたずらも思う存分やってやる、と心に誓った。
応接室で寛ぎながら、あいつらのこと忘れてた、と不憫なスポーツ少年以下数名を思い出したのは、それから数時間後のことだった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

2010年ハロウィン雲獄。
私はどうも、けもみみや尻尾が苦手でして。あえて獄をドラキュラにしました。
吸血鬼といったらヒバリンなんですけどね。あえて獄!(←二回目)



【prev】 【↑】