『この胸の内に秘められしは』

いつからだろう。
僕の瞳が、君の姿を追うようになったのは。
いつからだろう。
僕の瞳が、君を探すようになったのは。
いつからだろう。
僕の瞳が、君しか映さなくなったのは。
いつからだろう。
僕が、君に恋をしていたのは――――…。
じゃらじゃらと身に付けたアクセサリーに、着崩した制服は明らかな校則違反。もちろん煙草もね。
身だしなみだけに止まらず、素行の悪さも目に付く。間違いなく並中の生徒の中では問題児。
ウチの生徒と他校の生徒がケンカをしているという報告を聞けば、必ずと言っていいほどその名が挙がる。
なにかと好戦的な態度。ダイナマイトが武器らしいけど、素手だろうが何を使おうが僕の強さには到底及ばない。僕に敵うわけないのに、いつも突っかかってきて。
常に沢田に付き従い、その仲間らとつるむ、弱いだけの草食動物。
はじめはそんな風に思っていた。
それが。
それが、あの時、僕が今まで持っていた君という認識が粉々に砕け、崩れ落ちた。
僕が並盛の見廻りをしていた、ある日の夕暮れのことだった。
商店街を歩いていると、通り過ぎる人の会話が耳に入った。



「向こうの通りのアレ、やばくない?あの子ら囲まれちゃっててさー」
「並中の制服だったよねぇ」



うちの生徒…?
この並盛でもめごとを起こすなんて、風紀を乱す奴にはお仕置きが必要だ。
すぐに駆けつけてみれば、渦中にいるのは見知った顔。



「またあいつか…」



獄寺隼人。その背後に沢田綱吉もいた。
二人は、どこの学校の生徒か知らないが、いかにもな不良グループに取り囲まれていて。
頭らしき男を睨みつけ真っ直ぐに立つ獄寺と、身を縮めて青ざめビクつく沢田が対照的だった。
まあ、そんなことはどうでもいい。何であれ、この場にいる全員、咬み殺すだけだ。
僕は一歩足を踏み出す。と同時に、怒声が響いた。
思わず足を止めて。次の瞬間、獄寺の目の前にいた大男が吹っ飛んだ。



「10代目を侮辱する奴は、誰であろうと許さねぇ!」



沢田のことを何か言われたのか、怒りを露わにした獄寺が拳を固く握っている。



「10代目、下がっていてください!!」



ギッと更に強く不良どもを睨みつけると、襲いかかってくる奴らに間髪入れず鉄拳を叩きこむ。
そうして、たった一人で大勢の中へ突っ込んでいく。
僕は、獄寺がこうやって戦う姿というのを実は一度も見たことがなかった。
なぜなら、奴と他校生のケンカ現場に赴けば、毎回見るのはすべてが終わった形跡。獄寺の佇む後ろ姿だったから。
奴が倒れている姿を見たことがないから、ケンカの強さは一般的に言ったら強いほうと言えるかもしれない。
とは言え、僕に勝てたためしはないし、今回は沢田も一緒だ。
お荷物を抱えて戦うには、あの人数相手じゃちょっと分が悪過ぎない?
普段から風紀委員の仕事で忙しい僕は、ひとつのことを処理するのにそんなに時間をかけていられない。今だって、まだ見廻りの途中で。
こんな、並盛の風紀を汚そうとする奴らは数秒で片付けて、次の行動に移らないと時間は無限じゃない。
すぐにでも排除しようと思えば動けた。
でも、僕の足は動かなかった。否、動けなかった。
僕とやり合う時の獄寺の姿しか知らない僕は、ただただ自分の瞳に彼を捕らえ続けて。
敵に立ち向かっていく潔さが、足先から髪の毛一本一本に至るまで弾力ある動きが。
翡翠の瞳に宿る光、その信念が。
とても、美しい、と。
あろうことか、僕は見惚れていたんだ。



「うわあっ!?」
「10代目!!」



僕は余程気を取られていたんだろう。沢田の声で漸く事態に気付いた。
不良グループの一人が、沢田を人質に取った。
当然、獄寺の体がピタリと止まる。
輝きを放っていた翠玉が、揺らいだ。
要求のままにおとなしく直立する彼に、下卑た嗤いを向けた連中は、態勢を整え始める。一気に殴りかかるつもりだろう。
愚かな草食動物め。
お前たちに権利はない。
僕はトンファーを手に、駆け出していた。
本来、沢田がどうなろうと知ったことじゃない。僕を突き動かしたのは怒り。
彼が必死に守ろうとしているものを盾に、汚い手で彼を傷付けようなど。
一瞬でも、その翡翠を揺らがせるなんて、許さない――――。
沢田を拘束していた奴を咬み殺し、獄寺に拳を振り下ろそうとしていた輩の頭にトンファーを叩きつけた。



「…ひ、ばり…?」
「何をやってるんだい、君たち。この並盛でケンカなんて、僕に咬み殺されたいらしいね」
「なんでてめぇがここに…」
「ずいぶんおとなしいじゃないか、獄寺隼人。こんな連中に好き勝手させるほど、君は弱かったのかい?」



僕は何事もなかったように淡々と告げる。



「っざけんな!!」



獄寺は僕に怒鳴って、解放された沢田を一度視界に収めると、再び身を翻す。
それからは、あっという間だった。次々に残りの不良全員を地面に這い蹲らせた。獄寺が一人で。
僕は手を出さなかった。離れた場所で、その光景を眺めていた。
いつしか獄寺の瞳にはさっきよりももっと強い、まるで燃え盛る炎のような光が在った。
最後の一人を打ちのめすと、沢田の元へ駆け寄って、怪我はないかと問う。無事を認めるや安堵の表情を浮かべ、逆に怪我の有無を問われれば顔を綻ばせ、今度は優しい色を灯す。
笑顔も瞳も、夕日のせいだけじゃなく、キラキラと、輝いて眩しかった。
この件以来だ。
君を思うたびに、見るたびに、僕の心が訴える。
僕を見て。
その瞳に僕を映して。僕だけを映して。
眩い輝きを放つ、いくつも色を変えるエメラルド。
世界に唯一つだけの宝石。僕は、君の翡翠も表情も、曇らせたくない。
君の美しさを、強さを、護りたいと思う。



「まさか僕が、こんな気持ちになるなんて」



僕は男で、相手も男で。
それでも。
あの笑顔を僕に向けられたら。
獄寺のことをもっと知りたい。すべてが見たい。君を形作る何もかもを手に入れたい。
あの子が、ほしい―――。
ああ、なんて苦しい感情なんだろうね。
僕は今日も、自分の心奥に眠る狂気を抱え、一人眠る…。





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獄寺くんへの想いを自覚して、ちょっぴり乙女な恋する雲雀さん的な感じに書こうと思ったのが、なんか中途半端なうえ、最後ヘタレ?っぽくなってしまったという、記念すべき初雲獄がこれでした(^_^;)
初CP小説で、しかも大好きな雲獄だったこともあり、力み過ぎた感が拭えません(笑)
けれども、書いてて楽しかったです!
実はいつか獄verも書きたいと思っていたり…。



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