『甘えたがり症候群』

10代目を家までお送りして、自宅へ帰る途中、雨に降られた。
突然のにわか雨。
どこかの軒先で雨宿りするかどうしようか迷ったけど、マンションはすぐ近くだったし、走ればいいか、と立ち止まらずに家路を急いだ。
ものの数分で着く場所だからとタカをくくっていたかもしれない。
大粒の雨は容赦なく俺の体を打ち付け、マンションが見えた頃には全身ずぶ濡れだった。



「ただいまー」
「おかえり。…雨が降ってるの?」
「さっき降ってきた。たぶんにわか雨。あーくそ、髪が張り付く」



ぷるる、と頭を振って、顔にくっ付いた髪の毛をいくらか剥がす。
出迎えにきた雲雀は今まで何をしていたのか、雨には気付いていなかったらしい。
俺は、服に付いた雨粒を払って家の中に上がれるほど可愛らしい濡れ方ではなく、シャツの袖、手指、ズボンの裾から、ぽたぽたと水滴が滴り落ち、玄関先で立ち往生してしまった。
ちょっと待ってて、と言い残してタオルを取りに行った雲雀を待っている間、とりあえずシャツの裾を絞ってみた。足元にできた小さな水溜まり。
げ。けっこう降ってたんだな。
そりゃそうか。だって下着まで水気を含んで気持ち悪い。さっさと着替えてしまいたい。
すぐに戻ってきた雲雀の手からタオルを受け取って、ガシガシと頭を拭く。その傍らで様子を見ている雲雀。視界に映っているのは、あの水溜まりか。



「獄寺びしょ濡れ。シャワー浴びといでよ」
「いい。着替えりゃ済む」
「だめだよ。風邪引いたらどうするの?」
「いいって。風邪なんか引かねぇよ」
「浴びてきて。嫌だと言うなら、今度は違う形で、僕が獄寺をまた濡らしてあげてもいいんだよ?」
「…シャワー浴びてキマス」



そこで残念そうなツラすんな!
このどエロめ。…まったく、俺に風邪引いてほしくないのか、手を出したいのか。
風呂場へ向かうとこを引き留めないってことは、一応は俺の体の心配してんだな。気が変わらないうちに、とっとと温まってこよう。
シャワーを済ませて部屋に戻れば、雲雀は床に座ってベッドに寄りかかり本を読んでいた。
そう言えば、俺が帰ってくるまでこいつは何をしていたんだろう。雨にさえ気付かないほどに。



「なあ雲雀、お前、俺が帰ってくるまでずっとそうしてたのか?」



雲雀の横に、どか、と腰を下ろし、テーブルに用意されていたポカリスエットで喉を潤す。
俺が風呂からあがってくる頃合いを見計らって、冷蔵庫から出してくれたんだろう。雲雀はこうやってさりげなく気を利かせてくれる。
俺は首に引っかけていたタオルで再び髪の毛を拭きはじめた。
雲雀からの返答は、まだない。
さっきの聞こえてたよな?
沈黙であることに疑問を感じつつ、しゃかしゃかと手を動かしていれば、不意に、頭を拭いていたタオルを取り上げられた。



「貸して」
「雲雀?」
「僕が乾かしてあげる」



そう言って俺の頭を撫でるように優しくタオルを上下に動かす。
適当なところでいいぜ、と声をかけようとした矢先に、雲雀がどこからかドライヤーを引っ張り出してきた。



「そのままにしておくと冷えるからね。ドライヤーもかけよう」



言うが早いか、俺の後頭部へ熱風を送る。俺に拒否権はないらしい。
仕方なく、されるままにおとなしく座っていた。
風を当てながら何度も指で髪を梳く雲雀。
思えば、頭を撫でてもらったり、髪に触れられると、存外心地良いものだということを教えてくれたのは雲雀だった。



「はい、終わったよ」
「サンキュ」
「獄寺の髪はほんとに綺麗だね」



ドライヤーの電源スイッチを切る音は聞こえたし、しっかり髪も乾いた。が、相変わらず雲雀の手は俺の髪を撫でたり梳いたりしていた。
そうして、俺の頭へキスをするように顔を寄せ、息を吸い込んだ。



「獄寺の匂いだ」
「シャンプーとか石けんの匂いだろ?」
「違うよ。獄寺だよ」



今度は背後から俺を抱きしめるように首へと腕を回し、匂いを辿るように耳の後ろから首筋を伝って鼻先を滑らせる。
やめろバカ。くすぐってぇよ。
くんくん、と匂いを嗅ぎながら、最終的に俺の肩口に顔を埋めた。



「獄寺の匂いや温もりは、すごく落ち着く」
「そうか」



今日のこいつ、なんか変じゃね?
普段からこういうセリフを言わないわけでもねぇし、俺の扱いに変わったところもねぇんだけど。
なんつーか、雰囲気とか、一番はこのスキンシップだ。
そう。いつもなら、八割方、抱きしめる時もキスする時も、聞かなくていいのにまず俺に聞くんだ。なのに。
何も言わず聞かず、自分から擦り寄ってくるなんて。何かあったのか?



「…おい、雲雀」
「獄寺がいなくて、寂しかった。さっきまで、この部屋で孤独に押し潰されるかと思った。だから、目を瞑ってヘッドフォンつけて大音量で音楽を流して耳を塞いだ」



………おい、聞いたか?
天下の風紀委員長サマが、あの雲雀恭弥が、寂しいって言ったんだぜ?
群れるのが大嫌いで、常に一匹狼のこいつも、そういう気持ちになったりするんだな。
ああ、だから雨降ったことにも気付かなかったのか。



「獄寺、そばにいて」
「俺はここにいるだろ?」
「ずっと。ずっとそばにいてよ獄寺」



俺の肩に顔を埋めたまま、そんなことを言う。
なんとも言えない愛しさが込み上げて、その頭を撫でてやった。すると、猫みたいに頬をすりすりと押し付けるもんだから、思わず噴き出してしまった。



「今日はずいぶんと甘えるんだな」
「……嫌かい?」
「いいや。なかなか珍しいもんが見れておもしれぇし、新鮮だぜ?」



雲雀の頭を撫でながら、俺は笑いを堪える。けれど、すべてを堪えきれず、喉の奥から笑い声は洩れ出して。
首に巻きついた雲雀の腕に、ぎゅっ、と力が籠もった。



「ぐぇ…おい、首絞まってんぞ」
「このまま抱き潰してしまおうかな。獄寺、僕の愛で死んでよ」



冗談じゃねーぞ。
殺したいほど愛してる、ってか?
でも、雲雀、俺が死んだら、俺の愛はお前に返してやれないんだぜ?



「獄寺」
「うん?」
「大好きだよ」
「ああ」
「隼人」
「ん?」
「愛してる」
「俺も」



雲雀が下の名前を呼ぶ時は、大抵、独占欲か、甘えてんだよな。



「ねぇ、隼人」
「あ?」
「したい」
「今から?」
「いつだって僕は隼人に欲情してるよ。昼も夜も関係ない。全身で隼人を感じたい。だめ?」
「…いっぱい、愛してくれよな?」
「もちろん」
「キスも飽きるほど」
「窒息死させるくらいね」
「俺が、いいって言うまで何度でも、朝まで、だぜ?」
「大歓迎だよ」



ほんとに、一体どうしたんだか。
俺までこいつの甘えたがりが感染ったみてぇ。





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甘える雲雀さんと、ちょっと優位に立ってる獄寺くん、というのを書いてみたくて書いたやつ。これ甘えてるんですかね?(^_^;)
私が書くと、どうしても雲雀さんがヘタレな感じがするんですが、気のせいでしょうか…(苦笑)
まあ、ウチんとこの雲雀さんは獄寺くんにベタ惚れなので、ドMだろうがヘタレだろうが、よしということで。(←こら!)
ここまでお読みくださりありがとうございました!(^^)



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