『ひとときの夢は色鮮やかに、君の側で花開く』

10代目が、笹川に誘われたのだと、夏祭りのチラシを持ってきた。



「去年は受験生だったし、なかなか遊びにも行けなかったでしょ?だから今年はみんなで楽しみたいねって」



花火だけは去年もみんなで見たけどさ。そう言って少し苦笑いを浮かべたが、うれしそうに話をされる姿を見て、とても楽しみにされているのだとすぐに分かった。
10代目は入試が終わるまで部屋にこもって猛勉強に励まれていた。休日もほぼ部屋を出ないという日が続いていたし、入学してからも机に向かっていることが多かったのだから無理もない。
ハルやチビ達も含め、大勢で遊びに出かけるなんて久しぶりのことだ。



「獄寺くんも行くよね?あ、でも雲雀さんとふたりで行く約束してるかな?」
「もちろん俺も行きます!雲雀のことは気にしないでください。約束はしてませんし、第一あいつが人の群れに進んで行くと思いますか?」
「ええ?…たしかに雲雀さんは行きそうにないけど…」
「でしょう?」
「でもさ!」
「本当に約束もしてないんです。ですが、一応聞くだけ聞いてみます」



雲雀が夏祭りというものに興味があるとは思えない。けれど、10代目の言いたいことは分かる。だから、俺達のためにも10代目に余計な気を遣わせないためにも、話をしてみるとだけ言った。










「僕がそんなところへ行くと思うの?」



雲雀の答えは予想どおりのものだった。
むしろそれしかないというか、聞くのも無駄というか。
別に期待していたわけじゃなかった。ただ、恋人と一夏の思い出を作れたらいいな程度のささやかな願望と、雲雀が俺の望みなら大抵聞いてくれるから、今回もそうなのかと思っただけで。
群れてる人間を見るのが心底嫌いな雲雀にとって、季節のイベントなんて風紀の仕事を増やす鬱陶しいものでしかないだろうし、参加して楽しむなんてもってのほかだろう。
分かってた。雲雀が特別俺に甘いことも、人の群れが大嫌いなことも、ちゃんと分かってたんだ。
今回は、譲れないほうの類だった。それだけの話だ。
それを理解していたから俺の返事もあっさりとしたものだったし、その後も俺達の会話に夏祭りの話題が出てくることはなかった。
当日の朝顔を合わせた時も、夜は少し出かけると言葉を交わしたぐらいで、どこに行くとか何をするとか祭りについては何も触れなかった。
10代目は、また別の機会があるよね、と大方こうなることはやっぱり予測していたように、肩をすくめて少し困ったように笑った。



「今日はせっかくだから楽しもうよ。屋台たくさんあるし、最後の打ち上げ花火もね」
「はい!10代目も思う存分楽しんでくださいね」



俺は10代目とチビ達を連れていろんな屋台を見て回った。
射的で山本と競ったり、女共は金魚すくいやヨーヨー釣りやって、チビ達に綿菓子買ってみんなで食った。あいつは風紀の仕事をやってんだろうと思いながら。
夏休みに入ってからも雲雀は仕事があるんだと相変わらず学校に赴いて。二人で会うのは俺のマンションでもカフェでもなく、ほとんど応接室。
なんだって夏休みにまで学校なんだよと愚痴りたくもなったけれど、愛校心溢れるあいつが見回りを欠かすなんて考えられないし、俺と並盛の秩序を天秤にはかけられないだろう。
それでも、この夏いまだデートもしてない。だからせめて。
せめて。



「獄寺くん!花火はじまるよ!」



ハッと空を見上げれば、目の前が明るくなって、大輪の花がいくつも鮮やかに咲いた。
夜空に咲く花はあまりに綺麗で、隣に雲雀がいてくれたらな、なんて。
そう思ったら、雲雀がとても恋しくなって、雲雀への想いばかりが募って。ああ俺は思ってた以上に恋人とここへ来たかったんだな、とはじめて気付いた。
雲雀は、今どこにいるだろう。
どこかでこの花火を見ているだろうか。もし、見ているなら何を思っているだろう。
最後を飾るような一際大きな一発が打ち上がって、歓声が沸いた。
頭上高く上がった花火が、パラパラとすべて消えていって周りがざわめきを取り戻しはじめた頃、ポケットの中で何かがぶるぶると震えた。



「花火すごく綺麗だったねー。………獄寺くん?」
「…10代目っ!あのっ、すみません!俺、今日はこれで失礼します!」
「えっ、獄寺くん!?」



ポケットを探って取り出した携帯には、件名のないメールが届いていた。本文にただ、並盛神社、と。















人ごみを掻き分けて、俺は走る。
祭り帰りの人の群れが、先に進む俺の邪魔をしているようで鬱陶しかった。雲雀の口癖となっているあの台詞が頭に浮かんで、今ならその気持ちがよく分かると、思わず笑いが洩れた。
障害物でしかない人も建物も本当に邪魔くさくて仕方がないのに、腹の底から沸き起こってくるのは、なぜか苛立ちよりも会えるといううれしさで。
早く、早く。
神社までそんなに離れた場所でもないのに、なんだかやけに遠く感じた。
境内へ続く石段を駆け上がると、真っ先に瞳に飛び込んできたのは、見慣れた漆黒だった。



「雲雀!」
「やあ、思ったより早かったね。飲むかい?」



到着した俺に雲雀が差し出したのは、まだ冷たさが残るラムネだった。
見覚えがある。祭りの屋台で売っていたやつだ。
雲雀に何かを訊くのは野暮だろう。俺は、ビンの飲み口を塞いでいるガラス玉を蓋で叩き落してラムネを喉に流し込んだ。
ここまで休まず走ってきたからシャツの背中の部分がしっとりと汗を含んでいる。カラカラに乾いた口内に炭酸が刺激を与えて、喉を通る水の冷たさが体内の熱を抑え心地いい。
ふと雲雀を見れば、ごくごくとラムネを飲み続ける俺をひどく穏やかな、優しい目で眺めているから、急に恥ずかしくなって飲むペースを緩めた。



「ねえ、獄寺。花火を持ってきたんだ」
「花火?」
「そう。君と一緒にやろうと思って」



雲雀は、縁側に置いていた袋から花火を取り出すと、俺に一本持たせた。



「獄寺のライター貸して?点けるよ、いいかい?」



これはライターじゃなくてジッポーだ。いい加減覚えてくれよ、という突っ込みはやめておこう。
つんと鼻を突く火薬の臭いがして、音とともに光のシャワーが降り注ぐ。



「綺麗だね」
「おう」



俺はうれしくて。隣に雲雀がいることが、一緒に花火をしていることが。うれしすぎて調子に乗って両手に花火持って振り回したら叱られた。
大きいのから小さいのまで、何種類もあった。あらかじめ水を準備しているところが雲雀らしくて、感心しつつもおかしかった。
地面に置く筒型の、天に向かって噴き出す花火を、二人で並んで静かに眺めた。
そうして。



「最後にこれ」



雲雀に手渡されたのは、こよりのような花火。



「線香花火…」
「締めくくりはやっぱりこれだろう?」



しゃがみ込む雲雀に続いて俺もしゃがむと、手元の線香花火に雲雀が火を点けてくれた。
チリチリと小さな火花がだんだんバチバチと音を鳴らし大きくなっていく。
先端の赤い塊がなんとも頼りなさげで、俺は無言のまま見守った。
さっきまでの華やかな光の粒とはまた違った素朴な味わいがある。けれども。



「…なんか寂しいな」



たったいま10代目達と見た花火でもこんな気持ちにはならなかった。雲雀がいない寂しさはあったけれど。



「いろんなものが消えていくような気になる?」
「…そう、かな。この時間はもうタイムリミットなんだなあ、とか。うまく言えねえけど…」
「時間は無限ではないからね。でも僕は、この時に幸せを感じる。今、この瞬間を君と共有しているということに」



雲雀と、花火が見たかった。
同じ空の下、同じ光を見て、同じものを感じたかった。
素直に言えない俺の本心を、雲雀はいつも見抜いてる。
恋人と過ごすはじめての夏の、ある暑い日の夜。わざわざ用意してくれたラムネの味も、雲雀の表情も声も、俺は忘れない。
ちゃんと胸に焼き付けたから、いつか二人で思い出話しよう。



「雲雀、俺、またお前と一緒に花火やりてえ」
「奇遇だね、僕もだよ」



そう言って、ふわりと雲雀が微笑んだ。同時に線香花火の玉がぽとりと地に落ちた。
あ、と短く声を上げると、また雲雀がくすっと笑った。
花火で照らされた雲雀の顔は、最初から最後まで俺が知るなかで一番楽しそうな顔だった。





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お粗末。ベタなうえに例の如く途中からまとめられなくなった;切実に文才がほしいです〜〜orz
高校生設定の雲獄。雲雀さんはあのラムネをどうやって手に入れたのか、想像にお任せしまーす。
個人的には雲雀さんは明らかにラムネとか買いそうにない(笑)



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