この想いを自覚した時は、正直戸惑った。
出会いはお世辞にも良いとは言えなくて。学校でも屋外でも顔突き合わせりゃ互いに武器を構えて、殴り合い、手加減なしの喧嘩。
毎回勝負は決まらなくて(ボコボコにされっけど、負けを認めねぇ限り負けじゃねー)、それでも懲りずに挑んだ。
勝ちたかったし、俺の強さを認めてもらいたかった。
何より強い相手と戦うのが好きなあいつ。いつも最後に吐き捨てる「つまらないな」の一言を聞くのが悔しくて仕方なかった。
俺には喧嘩相手であり、同時に10代目の右腕として乗り越えたい壁で。あいつにとっちゃただの暇潰し。
そんな小さな関係。それが。
それが、黒曜ランドでの骸との一件が始まりだったか。
貸しだ借りだのと言うようになって。
俺が、捕まって閉じ込められていたあいつを解放して、サクラクラ病の薬を届けてやったのが発端。
あの場面で、恩を売っとこうとか、貸しができるとか、考える奴がいんのかは知んねぇ。
別に俺はそんなつもりなかったけど。あいつも負けず嫌いだから、誰かに助けられたり手を貸してもらったりが、すげぇ気に入らなかったんだろうな。すぐに借りは返すとか言いだして。
それから。
何かにつけ「貸し」「借り」という言葉が、当たり前のように二人の口から出るようになった。
ヴァリアーとボンゴレリングを賭けての守護者戦の時もそうだ。
これは、関係が発展した、と言うのかどうかは分かんねぇけど、丁度この頃からだったと思う。
俺が、雲雀と肩を並べて立つようになったのは。
それまでの険悪なムードや殺気が一切取り払われていたのは。
相変わらずあいつの風紀委員長としての取り締まりは、容赦なく俺に矛先を向けて、校則違反だとトンファーを振り降ろしては俺も応戦するのだけれど。
例えば、授業サボって向かった屋上や、先日行った未来の並中とかで、ごく普通の会話がされている。
隣に並んでフェンス越しにグラウンドを眺めたり、空を見上げたり。
寝転がっている横に腰を下ろしてみたり。
挨拶を交わして、他愛もない話をして。
自然と、だった。
今となっちゃ、どっちが先に、なんて覚えてねぇ。
あいつとそういう風に接することに違和感や嫌悪感はなかった。
もう何度も遠慮なく遣り合ってきたからか、それぞれの性格や行動パターンなんかが少しずつ分かりかけて、警戒心が薄れていたからかもしれねぇ。
知り合った当初、俺達がここまで打ち解けるなんて、誰が想像した?
どこにもいねぇだろう。俺自身ですら、考えたことなかったんだから。むしろ、有り得ねぇ、と。
どういうわけか俺達の間柄はあの頃とは変わってしまった。
ただ喧嘩を吹っ掛けるだけでも、規則がどうのと注意されるだけでもなくなった。
信じられねぇよな。変わったのはそれだけじゃない。
確実に、俺の中での雲雀の位置が、雲雀に対する俺の気持ちが、大きく変化していた。
初っ端がああいう状態だったせいか、俺はあいつに気を遣ったりだとか、自分を装ったりだとかがなくて。
素の自分で向き合ってたんだろうな。すごく楽だった。
一緒にいて、俺らしく在れた。
意識し始めたのは、たぶん雲雀が骸にやられた時の怪我が完治して、しばらく経ったぐらい。
授業サボって屋上で煙草吹かしてたら雲雀がやってきて。
てっきりまた違反だと怒るかと思ったら、出てきた言葉が「少しは体のこと考えなよ」で。
拍子抜けした反面、俺の健康を気遣ってくれてんのかと、なんだかうれしくなった自分がいて。
そのあとも、「馬鹿」「間抜け」「弱い」―――飽きるほど聞いた単語は、滅多に外に出てこなくなった。
代わりに、やっぱり俺を心配してくれているような一言をかけてくれるようになった。
貸し借りで成立しているような、仲間でも敵でもない微妙な繋がりの俺達。
あいつに挑むうちに、共に戦ううちに、悪い奴じゃないって気付いた。
あいつが側にいるだけで安心する自分がいた。
次第に、雲雀の考えてることや思ってることが知りたくなって。
雲雀の姿や瞳を見るたびに何かどきどきしたり、見つめられると顔が熱くなったり恥ずかしくなったりして。
何をしていても雲雀のことが気になった。
俺の中に生まれた感情の名を、俺がはっきりと知ることになった決定的な出来事は、10代目がザンザスに勝ち、ボンゴレリングを手に入れた後、雲雀が俺に見せた微笑だった。
「どうやら無事みたいだね」と。すげぇ優しく笑うから、一気に体温が上がった。
なんでそんな笑顔俺に向けるんだよ。勘違いしちまうじゃねぇか。
けど、うれしい。雲雀も無事でよかった。
もっと一緒に戦いたいから。
もっといっぱい、お前を見ていたいから。
もっともっと、お前に近付きたいから。
お前が、好きだから。
そう思った瞬間、自分で驚いた。ほんと信じらんねぇ。マジ有り得ねぇよ。男にこんな感情抱くなんて。
とにかく悩みまくった。それこそ何日も寝ないで。
もし、雲雀に俺の気持ちがバレたらどうなる?あいつはどう思う?
雲雀は、俺をどう思ってる?
一人で考えたところで答えが出るわけじゃねぇし、誰かに相談するにも10代目や山本には口が裂けても言えねぇし、シャマルは…話だけは聞いてくれるかもしんねぇけど、ぜってぇ茶化しそうだからやだ。
言えるわけがない。そもそも実るような恋じゃないだろう。男同士ってだけでも相当引かれる。
まだ日が浅いうちに、想いが大きくなる前に、諦めよう。
決心したのに、意志に反して雲雀への想いは膨らむばかりだった。
十年後の世界に飛ばされて、離れ離れになって余計思い知った。再会した時の安堵感、「獄寺」と、呼びかけてくれた時の喜び。
はじめから、簡単に捨てきれるものじゃなかった。
ならせめて、この気持ちを伝えてみよう。告白なんて一生できないと思ってたけれど、雲雀が諦めさせてくれるなら、それもいいか、と。
拒絶されるのは怖いけれど。声にしたら元通りには戻れないかもしれないけれど。
十年後の世界から無事戻れたら、言おうと思った。
「――――っと、いけね。真剣に弾いちまった」
ほんの時間潰しのつもりで入った音楽室。
10代目の補習が終わるまでの待ち時間に校舎を歩いていて、たまたま通りかかったから、ちょっとピアノでも弾くか、と。
思いの外、熱中して弾いてしまった。10代目は、と壁に掛けられた時計を見遣る。
過ぎてはいなかった。でも、そろそろお迎えに行かないと。
椅子から立ち上がろうとした背後から、パチパチと手を叩く音がして慌てて振り向いた。
「何度聴いても綺麗な音色だね、獄寺のピアノは」
「…雲雀」
扉の前で立っていたのは、さっきまで思いを馳せていた人物で。
びっくりした。人の気配なんてしなかったから。
否、ここに入ってきたことに気がつかないほど回想と演奏に耽っていた。もしかしたら、雲雀が気配を殺していたのかもしれないけれど。
突然の想い人の登場には、驚きとは異なる胸の鼓動を感じてしまう。
「ショパンのノクターンかい?」
「ああ、なかでも俺の好きな一番と三番と五番、それから、十二番から最後までだけどな」
「僕は最後から二番目のやつが好きだな」
「戦場のピアニスト?」
「うん。出出しと終わりの旋律はとても綺麗だ。胸が苦しくなるような切なさを感じそうで嫌なんだけどね」
「は?なんだそれ。好きなのか嫌いなのかよく分かんねぇな」
「そうだね。僕もだよ」
「変な奴だな」
くす、と笑う雲雀に、きっと俺は不可解そうな眼差しを向けていたに違いない。
それにしても、なんで雲雀がこんな時間にここにいるんだ、と疑問に思って、ああ見廻りか、と自問自答する。
下校時間はとっくに過ぎて、学校に残っている生徒は部活中の奴らと、居残りをさせられている10代目と、待っている俺くらいか。窓が開いてるから音が洩れたんだな。
今なら、言えっかな。
二人きりだし。
誰も、来ねぇし。
「…ひ、ばり!」
「なに?」
「あ、あのさっ…」
俺に向けられた漆黒の双眸。端正な顔。
や、やっぱだめだ!まだ心の準備がちゃんとできてねぇ!
「話が、…話があるんだ。明日の放課後、屋上に来てくんねぇ?…」
「…今じゃだめなの?」
「俺っ、これから10代目をお迎えにあがんなきゃなんねぇんだ!だ、だから!…明日、な!待ってるからっ」
捲し立てるようにそれだけ告げて、俺は雲雀の横を通り過ぎると、逃げるように音楽室を出た。