cap.T 【潜入】

「着いたぞ。まずは取引現場を押さえる。それからクレメンティの情報だ」
「分かった」
「今からお目にかかる奴も正体不明で胡散くせえ。用心しろよ、クローム」



助手席に座る小柄な女が、こくり、と頷いたのを視界の端に捕らえて、俺はフロントガラス越しに見える巨大なビルから目線を逸らした。
敷地に入るとすぐ、案内係りから指定された駐車場。場所はB1-21。
前の車に続くように、俺達の車も緩やかな勾配を下って行った。
噂では、地下に広大な駐車場を保有していると聞いていたが、まさに、かなりの面積を駐車スペースにあてている。建物の規模を考えれば、おそらく階下にも同じような広さの駐車場があるに違いない。
周りを見渡せば、有名メーカー社の高級車やピカピカに磨き上げられた黒塗りの車が何台も停まっていた。
それでも五、六百は収容できそうな地下一階のそこに、まだ十分な空きがあるのは、この日のために一般の客の出入りが禁止されていることと、招待された客が特定された者のみだからだろう。
その中に、同業者が紛れ込んでいるのかは、蓋を開けてみなければ分からないが。
あらかじめ入手しておいた情報から察するに、ほぼ百パーセント間違いはないと思っている。もっとも、確信がなければ自ら動いたりしないのだが。
しばらく車の出入りを眺めることにして車内に留まっていたが、どうやらもう入庫してくる車はないらしい。
そろそろか、と腕時計に視線を落とし、時間を確認する。もう間もなく。
ダッシュボードの上に置かれた、偽造した身分証明証を手に取って、シャツの胸ポケットへしまった。
開始時刻二十分前。



「行こう」



沈黙に徹しているクロームに声をかけ、俺はドアのロックを解除した。















ミラノ市内のほぼ真ん中に、とある高層ビルが建っている。近隣や市内の住民は勿論、イタリアに住んでいる者であれば知らない者はいないほど名の知れたビルだ。
ここが有名な理由は二つある。
一つは、建物自体が真新しく、外壁は黒で統一されたスタイリッシュな印象を受ける造りと、敷地内には手入れの行き届いた芝に、まるで地上絵にでもなりそうな花壇が配置され、ビルへと続く舗装道路の脇には斬新なデザインのオブジェがいくつも並べられていて、遠目でも近くでも、とにかく目立つ。
関係者や来客などを除き、とくに用事がなくとも立ち寄って前庭を覗いてみたくなる、一種の観光スポットのようになっていること。
そして、二つ目。
この建物のオーナーが、現在若者の間で人気を博し、最も欲しいブランド品として挙げられている『DUE・C』の創業者にしてデザイナーである春嵐・ランドルフィということ。
彼はほんの数ヶ月前に彗星の如く現れてファッション界のトップとなった。彼が生み出す物は常に店先を飾り、道行く人の足を止める。
業界に止まらず、あらゆる分野の者に注目されている人物と言っても過言ではない。
彼の名が世間に知れ渡ったのは、本当につい最近のことだが、すでにメディアでは年収億超えは確実だろうと伝えている。
こんな所にこんなバカでかいオフィスを造るぐらいだから、相当所得と資金があったんだろう。
エレベーターホールに飾られてあった絵画もルネサンスを代表する画家の作品だったし、セキュリティシステムも最新のものが導入されていて、設備や装飾にも多額の金をかけているのが窺える。
そもそも、彼の趣味こそ端から見れば金持ちの道楽と言えるようなものなのだ。
彼が趣味としているのはアンティークの収集で、世界各地を飛び回り、気に入った物があれば破格の高値だろうと必ず購入する。と、本人がいつだったかインタビューで答えていた。
ある意味そのコレクションのお披露目がメインかと思わせる今回の集まり。
ブランドの新作発表と銘打って自慢のコレクションもお披露目するのだということは、先日マスコミが報道していた。
ニュースになる以前に、俺は今日のことをボンゴレの独自の情報網で知っていた。
無論、この発表会の本当の目的も。










「IDカードを確認させていただきます」



会場の入り口の横に立つ女が、前に出て右手を差し出した。
ポケットから取り出したIDカードを渡すと、女は俺の顔と交互に見合わせた。
次にクロームの顔とカードも同じように確認して、俺に向き直り視線を合わせると、ようこそ、と口にした。



「お待ちしておりました。ジャン・クローチェ様」



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