近くて遠い。もう君に、触れることは叶わないと知った。

少し、外の新鮮な空気でも吸ってこようと応接室を出てみた。
頭の中を占めるのは、あの子のことと後悔ばかりで。閉じこもっていると気分まで塞ぎ込んでしまいそうだった。
室内にいるよりは、いくらか沈んだ気持ちも違うかと思った。風にあたりに行ったところで、まったく何も考えない自信はなかったけれど。
僕の足は、自然と屋上のほうへ向いた。
そこで僕は愛しい銀色を見つけた。なんてタイミングだ。
最近ずっと風紀の仕事にも身が入らず、今日なんか朝からほとんど手につかない状態で。一度、思考を止める必要があった。なのに、目にしたら、いやでも考えてしまう。
これまでの経験から言って、こういう場面で僕があの子に声をかけなかったことはほぼない。
けれど、その頃とは状況が変わってしまった。
声はかけずに別の場所へ行こう。そう思った。実際、体は半分引き返そうとしていた。
向こうは僕に気付いていない。何も見なかったことにすればいい。
ところが、階段を下りるはずの僕は、その姿勢のまま動けなくなってしまった。そうして、あの子の後ろ姿を見遣って。
次の瞬間、開け放たれた扉の先へと踏み込んでいた。
結局、僕は確かめたかったのだ。
あの子の気持ちを。
記憶を失くしてまで忘れたかったのは、本当に、僕と関わった思い出なのか。
僕を好きだと言ってくれた、あの日のあの子自身なのかどうかを。
僕は、知りたかったのだ。















獄寺の時間は、沢田が言ったとおり六道の事件で止まっていた。
僕に向ける敵対心や対抗心剥き出しの感情。僅かにも表情を緩めてはくれなかった。
リングのことを、僕は試した。
炎を生む覚悟とやらも獄寺の中から消えていたら、或いは。僕のことだけを忘れたかったわけじゃないのかもしれないと。
答えは、ノーだった。
僕の目に映る鮮紅の炎。獄寺が沢田に忠誠を誓い、ボンゴレというマフィアに誇りを持って生きてきたことに何の悔いもなかった証拠。
決定的だった。
やはり獄寺は、僕への想いを捨てたかったんだ。
六道の件を境に親しくなったけれど、そうならなければよかったと。
彼の意志ではないにしても、深層の部分ではそう思うところがあったんだろう。





好きだと言いそびれたままの僕。
僕を好きになったことを忘れたかった獄寺。
ほんの何日か前まで、僕達のお互いを想う心は同じだったのに。
君を追い詰めてしまったのは僕なの。
今の君は幸せなの。
これが君にとっての最善で、幸せなことなの。
僕は迷っていた。
どうすべきなのか。
僕が願うのは、君が笑う未来だ。たとえ君が僕を何とも思わなくなっても。それだけは揺るがない。
できることなら、僕の隣で笑ってほしかったけど。
思い出してほしいとは思わないのかと訊かれて、まったく思わないと言えば嘘になる。
ただ君の苦しむ姿など見たくはない。その原因が僕であるなど。
ならば、僕は。
君が望むのなら。







「これは貸しだよ。獄寺隼人」







かつてのように、顔を合わせれば武器を交え、貸し借りで成立するだけの、ほかに僕達が歩み寄る理由なんてない、単なる風紀委員長と不良生徒だった頃に。
君が戻りたいと望んでいるのなら。
僕はこの想いを胸に秘めて、風紀委員長で在り続けよう。
傷つけたことを謝れないけれど。想いが届くことはないのだろうけれど。
けれども、ひとつだけ我が儘を言っても許されるだろうか。
僕が、君を守ることを。
手を伸ばして触れることはできなくなっても、君を守りたい。
気に入らないものは力で捩じ伏せ、刃向かう者は容赦なく叩き潰してきた。いつも奪うことしかできない僕だけど。
その翡翠を失うことだけは、二度と耐えられないから。



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