己の愚かさに、気付くのが怖くて。見えないように瞳を閉じた。

不自由がなければ、そのままでもいいんじゃないかな。俺は獄寺くんに、無茶とか無理をしてほしくないし。
控え目に、けれど包み込むような優しさと微笑みで、あの方は仰った。
お気持ちはとても有り難くて、その場は二つ返事でお応えした。
でも。
俺の本当の気持ちは、どっちなんだろう。



「…あーあ、俺ともあろう者が。よっぽど、…………打ちどころ、悪かったんだろうな…」















目を覚ましたら、病院にいた。
10代目、リボーンさん、姉貴もいて。
心配そうに俺の顔を覗き込む10代目の横で、山本が泣き出しそうな情けねぇツラをしてた。
俺が山本を庇って車に撥ねられたとでも勘違いしてるんだろうと思った。
まったく、勘違いだ。
あの時は考えるより体が動いた。咄嗟の行動なんてそんなものだろう。助けようと思って道路に飛び出したわけじゃない。
だから、野球バカが悪いとか、こいつのせいで俺は怪我したとか、そんなことこれっぽっちも思ってない。
道路へは周りをよく見てから出ろバカ、と一言言ってやろうかとも考えたけど、あんな顔見ちまったら言えねぇ。
腫れ物のような扱いをされるのもごめんだから、あいつが今抱えてるもんを一掃してやろうと、わざわざ言葉にしてやった。
そうして、気付いた。
なぜ、あそこにボールが転がっていた、と。
俺は、なんで山本と一緒にいたんだろう、と。
記憶を探っても思い出せない。覚えているのは、地面に転がる白い野球ボール。飛び越えたガードレール。山本の後ろ姿。それだけだった。
どういうことだ。どうしてほかのことが思い出せないんだ。
軽くパニックを起こすかと思った。
鈍く痛む頭が、事故の時にぶつけたんだった、と。それでちょっとばかり脳がびっくりして、ど忘れしたのか、とにかく頭の動きが遅くなってるんだろうと、焦りそうになっていた俺を少し落ち着かせてくれた。
暫くすれば思い出すと、あまり気に留めないようにした。けれど。
そんなことなかなかできるはずもなく。俺は何度も振り返ってみた。だけどやっぱり肝心なことは何一つ記憶として蘇ってはくれなくて。
それどころか、問題は増えた。
事故に遭う前を遡って、その日の出来事、前日の出来事、学校に行ったことも、人との会話も、何を食べたかさえも、綺麗さっぱり忘れていて。
なんか、おかしい。やべぇんじゃねーか、と。
決定打は、10代目に見せられた俺の所持品だった。その中にあった、ある指輪。
あんなもの知らない。どうやって手に入れた?いつから持っていた?
ほかのは、分かる。自分で買った物も含め。なのに、あれだけ記憶にない。本当に俺の物なのか。だから、つい。



「あれも、俺の持ち物なんですよね?」



そう訊いてしまった。
10代目は唇を噛んで俯かれた。山本は息を呑んだ。姉貴は言葉を失った。リボーンさんも。
「医者を呼んでくる」と、シャマルが呟いて出て行った。
そのあとは、医者がやってきて、検査をするだとかで、怪我はたいしたことないのに一日入院の宣告を受けた。
翌日いろいろと質問攻めにあって、脳波を調べると言って頭に変な機械取り付けられて。
長時間の拘束は、ただ疲れただけで、分かったことと言えば、頭ン中に異常はなかったってことぐらいだった。












俺の記憶は、一番新しいもので、事故の瞬間を除けば、骸のアジトに乗り込んで雲雀と一緒に10代目の元へ辿り着いたところだ。
そこまでの記憶しかない。それ以降は、呼び起こそうとしても頭が真っ白で。
記憶障害です。恐らく一時的とは思いますが。医者が告げた言葉。『一時的』、なんとも曖昧な判断だ。
シャマルに言わせれば、決め手となる材料がないうえに、もし患者が過去を思い出したいと願っているならば、思い出そうとする意欲を削ぐような、希望を失うようなことを言えるわけがない、と。
人体は、人間の理解や予想を超えた不思議な力がある。とくに脳は複雑でいくつもの神経が集合し、多くの情報が伝達されている。何かをきっかけに細胞が活性化され、人智の及ばない奇跡とも呼べる現象を起こすことだってあるのだという。
原因も理由も分からず、突然や偶然で成り立っているように思えるから、みんな奇跡だと言うんだと。
俺の場合も、予測不可能なんだとシャマルは言った。
脳内に蓄積された膨大な知識と情報の数々。それらが行き交う回路が遮断されたとして、また、いつ回復するのか。消えてしまったデータは復元するのか。誰にも分からないことだって。
俺のは、消去されたわけじゃない…よな。きっと過去の記憶に繋がるルートがうまく噛み合ってなくて、そこまで到達できないだけだ。
ただそれが、今日戻るかもしれないし、何ヶ月も先かもしれない。最悪、一生記憶は戻らないかもしれないということだ。



「ボンゴレリング、か…」



指に嵌めたリングは、やけに自分の指に馴染んだ。ずっと身に付けていた証拠だろう。
覚えてはいないけれど、間違いなく俺のなんだな、と妙に納得した。
このリングの説明はしてもらった。守護者云々という話も理解できた。匣の使い方も。
あとは、このリングに炎を燈せれば、ちゃんと戦力になる。足手まといにならなくて済む。試しに、やってみた。
そうしたら、殊の外あっさり炎は燈って。10代目は、すごいよ、って。山本は、やったな、って。みんな驚いて、喜んだ。最も驚いたのは俺自身だけど。
指輪の存在自体は忘れてるのに、身体には感覚が染み付いているというやつだろうか。
何はともあれボンゴレ嵐の守護者として、何より10代目の右腕として、任務を行うには何の問題もないわけだ。
だからこそ、10代目もあんなことを仰られたんだろう。
ヴァリアーの連中のことはこれから覚えていけばいいし、最近行ったという未来の世界に関しては、そこで起こった出来事は解決して、こっちには影響ないらしい。
記憶がなくても、困ることなんてないように思う。
だけど。



「…このままでいいはずないんだ」



その間に俺が見たもの、感じたもの、関わって助けてくれた奴らのことも、すべて忘れたままなんて嫌だ。
それに、すっきりしなくて。大切なことまで忘れているみたいで、気になって。
たぶん俺は、記憶を取り戻したいんだろう。
なのに。思い出そうとすると、頭の中に霞がかかって頭痛がしてくる。どうなってるんだ俺の体は。
できれば、永遠にこのまま、てのは避けたい。
何か鍵になるものがあれば、思い出せるんじゃないかと期待してるんだけど。



「そこで何してるの?」



げ。
この声は。
面倒な奴に会っちまった。反省文の提出も言い渡されていたけど、すっぽかす気満々だったし。
またネチネチ言われるんだろう。



「今は授業中のはずだけど?」
「…てめぇこそ、何してんだよ、雲雀―――…」



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