cap.T 【潜入】

俺とクロームが案内されたテーブルは、入り口から右手の手前から二番目、壁際に近いテーブルだった。
今日行われる新作発表会は全部で二回。二時から五時と八時から十時だ。
俺達が参加している一回目は、春嵐がプライベートで付き合いのある人間も多い私的なもので、二回目はマスコミを集めた公的なものになる。
昼間の部のほうは親睦会も兼ねているせいか、夜の部よりも一時間長い。
春嵐が自社ブランドの新作と合わせて披露するコレクションというのが、あの三大ストラディバリウスの一つ、メサイア。
どういう経緯で手に入れたのかは不明だが、俺達には大した問題ではない。
春嵐の副業を知らなければ、音楽に馴染みのないアンティーク集めが趣味の男に、ヴァイオリンの価値が分かるのかと疑問を抱いていただろうとは思うが。
副業、と言っても、むしろボランティアに近い気はするが、デザイナーであるこの男は、クラシックコンサートを主催したり、演奏者の後ろ盾をしたりと実はスポンサーもやっている。
だから会場に呼ばれている人間の中には音楽家も多数いて、潜入捜査にこれを利用しない手はなかった。










俺が扮するジャン・クローチェは、音楽一家の生まれで、ピアノの先生をしながら夜はバーでピアノを弾いたり、たまに町のイベントで演奏を頼まれる程度の、家柄にしては目立たない男という設定だ。
ピアノが弾ける俺にはハマり役のようだが、演奏する機会がなければ別に俺でなくとも誰でもよかった。
だが、今回の任務は判断力に加え、巧みな話術と柔軟に対応する能力が必要とされた。
総合的に見て、俺が適任だった。
俺がジャンの名をかたるようになったのは、10代目に任された麻薬調査が発端だった。
たった数時間を過ごすために用意された名ではなく、麻薬製造者や密売人を突き止めるのに調査の成り行き上俺が作った架空の男だ。
目立ちすぎるボンゴレの名前とは別に、動きやすい表向きの顔として俺が使用していた。
そのくらい慎重で巧妙な相手だった。





謎の麻薬『ff』。





耳にしてからずっと追いかけていた。
浮上したのは春嵐・ランドルフィとクレメンティファミリー。
春嵐が麻薬ブローカーであることはほぼ確定している。マフィアとも密接な関係にあり、クレメンティと唯一繋がりを持つと推測したのは俺の考え違いではないはずだ。
あとは証拠を押さえるだけ。
取引をするには、場所も日時ももってこいだ。
交友のある者や自分のメリットになりそうな者ばかりを招待しているからこそ、きっと俺と同じような奴らが一般人を装いこの部屋に潜り込んでいる。
また、クレメンティはないにしても、春嵐が近くにいる可能性もやはり否定できない。
思えば立席形式の会だったのはラッキーだった。
テーブル移動がしやすく、目当ての人間にいつでも近寄れる。おまけに、俺達がいるこの位置からだと会場内がよく見渡せるし、出入口も近い。人の出入りもチェックできる。
俺とクロームの役目は、麻薬取引の不成立と春嵐の身柄の確保。
この任務は何としてでも成功させたい。
―――――10代目…。










『…ボンゴレの同盟ファミリーにも犠牲者が出てしまったよ』
『すみません…!俺の責任です!申し訳ありません!』
『君のせいじゃないよ、獄寺くん。向こうの動きが早かったんだ』










約三ヶ月だ。
ようやくここまで辿り着いた。
10代目から話を聞いた時はこんなに手間取るとは思わなかった。いいかげん、くだらない連中の動きを止めなければ。
これ以上、犠牲者を出さないためにも。



【prev】 【cap.U】 【↑】