cap.U 【ff】

「マルコーニ、フェリーニ、カロッソ、バラッツァ。こいつらの死因と、4人が麻薬売買に関与してなかったか調べてくれ」



俺は自分の執務室に戻るなり、部下を呼び指示を出した。
跳ね馬の言う怪しい麻薬に関することがボンゴレに何も伝わっていないとすると、まずは噂の真偽を確かめる必要がある。
現在入手している事柄は不確かで、俺達の知らない麻薬が実在するのかも、この四人との関連性も、断定できる要素が何一つ無い。となると、死の真相に近付き、暴くことから始めるしかない。
イタリアにマフィアはごまんといて、抗争が起きれば毎日死人も出るし、その数も両手の指じゃ全然足りない。死体の山から、これは誰か、なんて一人一人身元を確認するのは相当骨が折れる作業だが、跳ね馬のもたらしたものは、人探しにおける個人の特定という第一の関門をクリアし、時間と労力をかなり削減できるものだった。
死の原因については数時間もあれば部下が答えを持ち帰ってくるだろう。
すべてはそれからだ。俺は書類の束を手に取り、ペンを走らせた。










山積みだった報告書に目を通し、午後に控えている交渉に必要な資料の準備を終え、時計の針が正午を回った頃、送り出した部下が戻ってきた。
結果をまとめた調査報告書を受け取り、知りたい部分を探し出す。



「…転落、銃、轢死、転落……これじゃ普通の事故や自殺にしか思えねえな」



ただその結果だけを見るならば。
自宅のベランダから落ちたとか、車に撥ねられたとか、死因は日常起こりうる一般的な事故死だった。だが、俺はある重要な点に気付いた。
亡くなった当時の状況。記された死の直前の行動。



「…?…突然暴れだした?……こっちは、急に笑い出してるな。跳ね馬が気になったのはここか」



死亡者は皆、事故が起きるまでの数時間以内に、突然発狂したかのように室内の物を破壊して回ったり、誰とも話をしていないのに高笑いを始めたり、誰にでもなく罵声を飛ばしたりといった不可解な言動が見られた。
これを見逃がしていたら、俺も単なる事故で片付けてしまっていたかもしれない。
彼らがそうなった理由があるはずだった。生前、暴力的だったという証言や妄想癖があったという話は記録されていない。
おそらく、そんな行動を取らせる何かがあったんだろう。その何かが薬物という可能性は十分考えられる。あとは麻薬に手を出したという証拠さえあれば。
跳ね馬は、バラッツァの件で麻薬を知ったと言っていた。こいつが、大事な手掛かりを握っている。
俺は白紙に綴られた文字を追っていった。
辿り着いた文章には、俺の知りたい内容が書かれてあった。バラッツァが薬を手に入れ、ひどく気に入っていたというもの。
麻薬であるとは口に出していないが、三週間前から常用していて、気分が良くなり世界がまるで別物のように見えると、行きつけの洋装店のオーナーに洩らしている。



「決定だな」



ほかの三人については裏付けるものはなかったが、『最近製造され、高価でどこでも買えるものではない』とバラッツァが語っていたことが、俺の中で靄のように広がっていた疑念を、確信へと変えた。
即効性や情動面の大きな変化、精神障害の度合いに鑑みると、かなり強力な麻薬であることが窺える。
死ぬ前の別人のような振る舞いが全員に共通していることから、残りの連中も麻薬を使用していたとみて間違いないだろう。
だが肝心なことに、その麻薬の入手経路が分からない。
痕跡が、まったくないのだ。家族でさえ、当事者が麻薬中毒になっていたことに気付いていなかった。これではキャバッローネも行き詰まったはずだ。
いつ、どこで、手に入れたのか。



「引き続きこいつらの身辺を洗え。麻薬を受け取っているはずだ。ここ1、2ヶ月の行動を徹底的に調べ上げて俺に報告しろ」



服屋の店主に自慢するくらいだから、ファミリーの人間にも勧めていたっておかしくはないが、火の無い所に煙は立たぬでこれまたまったく煙が立たない。
ここまで秘密裏にされるということは、明らかに売り手側の意図や圧力によるものが強いんだろう。
どこかの組織が関与しているのか。もしそうであれば、組織名さえ分かってしまえば連中の動きを張るのは容易い。
ボンゴレに目を付けられるような真似を自ら進んでやる馬鹿な奴は、足跡を消すのも下手くそで、簡単に発見され潰されるのが落ちだが、こういう不逞な輩はどういうわけか警戒の緩い場所を見つけるのがやたら上手い。侵入の機会さえあれば、ネズミのように小さな穴からでも入り込んでくる。
交渉の帰りに、顔馴染みの情報屋に声をかけておくか。情報源は多いほうがいい。
あとは、網にかかるのを待つだけだ。
こんな事件、さっさと片付けてしまおう。
一日も早く10代目の心労を取り除いて差し上げねば。
山本はヴァリアーの加勢に行っている。笹川は抗争に巻き込まれた同盟ファミリーの救援に。ランボは山で修行中。骸はこの間フラッと現われたがすぐに姿を消した。雲雀は匣を回収しにイタリアも日本からも離れている。
今、動ける守護者は俺ひとり。俺が、しっかりしなければ。
俺は咥えた煙草に火をつけると、デスクに置いた調査報告書を見下ろした。黒いインクで記された文字の羅列は、吐き出した煙で白く霞んだ。



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